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名古屋地方裁判所 昭和35年(ワ)195号 判決

原告 山本繁一 外一名

被告 森肇 外一名

主文

一、被告両名は各自、

(1)  原告山本繁一に対し金一〇九、一八〇円、

(2)  原告山本ひでのに対し金一〇〇、〇〇〇円、

及び右各金員に対する昭和三四年五月二八日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を、

夫々支払え。

二、原告山本繁一の被告両名に対するその余の請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用は被告両名の負担とする。

四、この判決は、各原告において各被告に対し各金一五、〇〇〇円宛の担保を夫々供するときは、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、原告両名訴訟代理人は「被告らは各自、原告山本繁一に対し金一四八、九五八円、原告山本ひでのに対し金一〇〇、〇〇〇円、及び右各金員に対する昭和三四年五月二八日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を、夫々支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、被告株式会社東海事業所は土木運搬を業とする会社で、被告森肇は右被告会社の使用人で自動車運転の業務に従事する者であり、原告両名は訴外山本正行の父母である。

二、被告森は昭和三四年五月二七日午前一〇時名古屋市東区西裏町一丁目二二番地先道路において被告会社所有の普通貨物自動車愛第一す三九三二号を運転操縦し後退しようとしたが、かゝる場合自動車運転者たるものは自己の運転する車の後方並びに左右に万全の注意を払い、自車の後方にある者及び左右より自車後方に進入してくる者の有無を確認した後、発車後退し、もつて衝突等による危険の発生を未然に防止すべき注意義務があるにも拘らず、同被告は不注意にもこれを怠り、運転台より自車後方の見透しが充分できないのに後方の左右を瞥見したのみで、自車後方に通行者なきものと盲断し、漫然発車後退したため、折柄自車後方の左より右に向つて自転車で通行中の訴外山本正行(当時五年)に自車後部を衝突させて、同人を路上に転倒させ、自車右後輪にて同人の頭部腹部等を轢き、右の頃右の場所において同人を頭蓋骨々折、腹壁破裂により即死するに至らしめた。

以上のとおり、前記事故を惹き起したことは被告森の右諸注意義務に違反した過失によるものというべきである。

三、(1) 原告山本繁一は、前記衝突事故に基く正行の死亡により、その葬儀費用として金三九、七七八円を支出し、(2) 勤務先を休業したため得べかりし利益金九、一八〇円を喪失し、同額の損害を受けた。(3) 又、原告両名は、本件事故により最愛の寵児を一番かわいゝ年頃において瞬時にして奪われ、その精神的苦痛は到底筆舌に尽し難いものがあり、これに対する慰藉料は各金五〇万円を相当とする。

四、されば、被告森は前記不法行為により原告らに加えた右損害を賠償すべき義務があるとともに、被告会社は被告森を使用するものであつて、被告森の前記加害行為は被告会社の業務執行中に生じたものであるから、被告会社も亦原告らに対し右損害を賠償すべき責任がある。

五、よつて、原告山本繁一は各被告に対し右財産的損害金四八、九五八円及び慰藉料のうち金一〇〇、〇〇〇円合計金一四八、九五八円、原告山本ひでのは各被告に対し右慰藉料のうち金一〇〇、〇〇〇円、及び右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和三四年五月二八日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を夫々求めるため、本訴請求に及んだ。

と陳述し、

被告ら主張の仮定的抗弁に対して、

一、その第一項の過失相殺の主張事実のうち、山本正行が当時五歳であつたこと並びに同人に監督者をつけていなかつたことはこれを認めるも、その余の点は否認する。

仮に、原告らに過失があるとしても、不法行為の過失相殺については被害者に過失があつても加害者に宥恕すべき事由がないときは斟酌すべきではないと解すべきところ、被告森は瞬時の労によつてたやすく本件事故の発生を避けえたのであるから、原告らの過失に比して同被告の過失は圧倒的に重且つ大であり、原告らの過失を斟酌することは許されない。

二、同第二項の贈与の事実はこれを認める。

三、同第三項のうち自動車損害賠償保険金一六六、三〇〇円を受領していることは認めるも、その余の事実はこれを否認する。

と述べた。〈立証省略〉

第二、被告両名訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、答弁として

一、原告主張の請求原因第一項のうち、原告両名が山本正行の父母であることは知らないが、その余の事実はこれを認める。

二、同第二項のうち、原告主張の日時場所において被告森の運転する自動車が後進する際、山本正行がこれに触れて死亡した事実はこれを認めるが、(但し、本件事故発生の現場は当時道路ではなく、道路拡張工事のため家屋搬却後整地されず荒地のまゝに残された広場であつた)右衝突事故が被告森の過失によるものであるとの点は否認する。

三、同第三項の事実は知らない。

四、同第四項のうち、本件事故が被告森による被告会社の業務執行中に生じたものであることはこれを認めるが、その余の事実は否認する。

と述べ、

仮定的抗弁として、

仮に、本件事故発生につき被告森に過失があつたとしても、

一、被害者たる山本正行は当時満五歳の幼児であつて、このような幼児に対し監督者もつけず、自動車等の通行の激しい場所で遊ばせていたことは、原告らの重大なる過失というべきであるから、過失相殺により被告らは損害賠償の責任を免がるべきものである。

二、本件事故発生後直ちに、被告会社は金五、〇〇〇円を、被告森は金二、〇〇〇円を香奠として原告らに贈与した。

三、愛知共同査定事務所は、本件交通事故につき、自動車損害賠償保障法に基く保険給付として金一六六、三〇〇円と査定決定したが、原告らは、興亜海上火災保険株式会社に対し、右査定額の支払を受ければ爾後本件事故の損害賠償に関し異議の申立、訴訟等による一切の請求をしない旨の査定額承諾書を差入れた上、昭和三四年九月七日同会社より右査定額全額の支払を受けているので、既に原告らは本件事故による損害賠償請求権を有しない。

以上いずれの点よりするも、原告らの本訴請求は失当である。

と陳述した。〈立証省略〉

理由

一、訴外山本正行が昭和三四年五月二七日午前一〇時頃名古屋市東区西裏町一丁目二二番地先道路上(その場所が道路といえるものであるかどうかについては争があるが、後に判示するとおり)において、被告森肇の運転する普通貨物自動車が後進する際、これに接触して死亡した事実は当事者間において争がない。

二、そこで、先ず右接触事故は被告森の過失によつて生じたものであるかどうかについて判断する。

いずれも成立に争のない甲第一、二、四、五号証の各記載、乙第二号証、検証の結果、被告森肇の本人尋問の結果を綜合すれば、前記事故の発生現場は当時都市計画による道路拡張工事の作業中で完成した道路とはなつていなかつたものの、未整地、未舗装とはいえ、一般の通行に何らの支障もない南北に走る幅員約三〇米の道路上で、(一般人の出入を禁止していた場所であるとの証拠はない。)被告森は前認定の日時頃被告株式会社東海事業所所有の貨物自動車いわゆるダンプカーを運転して土砂の運搬中、右地点を通過したところ、先行車が対向車を避譲するため停車し後退を始めたので、自車も後退を余儀なくされ、警笛を鳴らした上、後窓越しに後方の様子をうかがい、次いで右側の窓から両肩を出して後方を注意しながら後進を続けたが、約四米後退したとき路面を引擦るような音を聞き異常を感じたので、直ちに停車の処置を講じたけれども、時既に遅く、折柄その後方を自転車で通行中の山本正行(当時満五才)に自車後部を衝突させて、同人を道路上に顛倒させ、その右内側後輪をもつて同人の頭部、腹部を轢き、頭蓋骨々折、腹壁破裂により即死させたこと、が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

叙上認定事実によれば、被告森が自動車を後進させるに当り、前示のとおり或程度の注意を払つたことは明らかであるけれども、前顕甲第五号証(被告森肇の検察官に対する供述調書)の記載によつても、被告森の運転していた自動車はいわゆるダンプカーで普通車より車体がかなり高く、運転席から見る限りでは、自車の左右後方はともかく、自車々体の後方を見透すことは全く不可能であることが認められるので、かゝる自動車を後退させる場合、自動車運転者たる者としては、助手がいればこれを見張に立たせ、いなければ自ら一旦下車して後方に廻り左右より自車の後方に進入してくる者がないかどうかを確認した上、万全の注意を払つて後進し、衝突等による危険の発生を未然に防止すべきが当然である。特に本件事故の被害者たる山本正行は前示のとおり満五才の幼児で、自転車で進行してきたとはいえ、それほどの速度で後方に進入してきたものとは考えられず、被告森にして前記の如き措置をとつたならば、容易に本件事故を避けえたであろうことが窺われるにも拘らず、被告森は運転席から後方の左右を瞥見しただけで、自車後方に通行者がないものと妄断し、漫然自車を発車後退せしめたため、本件事故を惹き起したものであつて、被告森は前記の措置をとる等事故の発生を未然に防止すべき注意義務に違反しているのでこれが過失の責を免れないものと断ぜざるをえない。

三、当時被告森が被告会社の被用者で被告会社の業務の遂行として自動車を運転していたことは当事者間に争がないので、被告会社は被告森とともに、その使用者として被告森が被告会社の事業の執行につき原告に与えた右事故による損害を賦償すべき義務がある。

四、そこで、被告の過失相殺の主張について考察する。

本件事故の被害者たる山本正行が当時満五才の幼児に過ぎなかつたこと、右正行には監督者がついていなかつたことは、いずれも当事者間に争のないところ、これに前判示事故現場の状況事故発生の経緯を併せ考えれば、正行が右の年令で自転車を自ら操縦し交通事情に応じて瞬時の判断により適切な行為に出ることを期待することは到底無理であり、親権者たるものはその監護義務者として、全く事故発生の虞れのない場所で遊ばせるべきで、やむをえずダンプカーの往来も稀でない未整地の本件事故現場附近を通行しなければならない場合には、正行と同行して誘導する等、事故発生を防止すべき注意義務があるものと解せられるところ、原告両名が正行の父母であることは原告の自認するところであるから、かゝる監護義務を充分尽さなかつた親権者たる原告らにも看過しえない過失があつたものといわなければならない。

原告は、原告らの右過失は被告森の前示過失に比すれば、とるに足らぬほどのものであるから、これを損害賠償額の算定に斟酌することは許されないと主張するが、これが採用し難い主張であることは、上来判示しきたつた両者の過失の程度を比較してみれば、自ら明らかなところである。

五、進んで、原告主張の損害額について判断する。

(1)  先ず、原告山本繁一は同原告が支出した葬儀費用として金三九、七七八円を請求し、原告山本繁一本人は正行の葬儀費として約金三万円を要したと供述しているけれども、他にこれが供述を納得させるだけの資料はないばかりか、かえつて成立に争のない乙第一号証によれば、同原告が自動車損害賠償責任保険の保険給付請求として金二二、六七五円の葬儀費の支払を求めたのに対し、愛知共同査定事務所では右のうち金一五、〇〇〇円のみ認め、これを超える請求を容れていない事実が認められるので、この点に関する右原告本人尋問の結果は措信できず、他に原告の右請求金額を確認させる証拠はない。してみれば、葬儀費としては右査定事務所において査定した金一五、〇〇〇円が原告繁一から支出されたものと認める外ないところ、原告繁一が保険会社から右金員を受領していることは原告自ら認めているので、原告のこの点の請求は理由がない。

(2)  次に、原告繁一は勤務先を休業したため得べかりし利益金九、一八〇円を喪失し同額の損害を受けたと主張するので、考えてみるに、証人秋山勉の証言、原告山本繁一本人尋問の結果によれば、本件事故により正行が死亡した当時原告繁一は秋山石材店に工員として勤務し一日平均金一、〇〇〇円以上の給料を得ていたこと、右原告は正行の死亡による同人の葬儀、その後始末等のため一〇日間右勤務先を休業したこと、を認めるに足り、結局、原告繁一は本件事故が原因となつて休業したため、合計金一〇、〇〇〇円以上の損害を蒙つたものというべきであるが、本件事故に原告繁一の過失が加わつていること前判示のとおりであるから、これを斟酌するときは、右損害額は原告が請求する金九、一八〇円をもつて相当とする。

(3)  最後に、慰藉料額につき判断する。原告両名本人尋問の各結果によれば、原告ら夫婦は現在三人の子女に恵まれているものの瞬時にして奪われた一愛児の死に直面して、一時はその衝撃に茫然自失なすところない状態で、それがため原告らの受けた精神的な痛手は相当甚大であつたと認められ、又今後の精神的苦痛もそうたやすく払拭されるとも考えられないので、さきに判示した事故発生の状況、被害者の年令等に前示原告らにも過失のあつた事実、その他本件弁論にあらわれた諸般の事情を勘案して、被告らが原告両名に夫々支払うべき慰藉料は各金二五万円をもつて相当と認める。

六、(1)  被告らは本件事故発生後直ちに被告会社において金五、〇〇〇円を、被告森において金二、〇〇〇円を、夫々香奠として原告らに贈与したと主張するが、香奠は、もとより発生した損失を填補するものではないから、慰藉料額算定に斟酌さるべき一事情たりえても、原告らの蒙つた損害額からこれをそのまま差引くべき性質のものではない。

(2)  次に、被告は、本件事故に関し原告らは保険会社から自動車損害賠償保障法に基く保険給付として金一六六、三〇〇円を受領しその際その余の損害賠償請求権を放棄しているものであると主張するけれども、証人角田喜高の証言によれば、なるほど原告らは自動車損害賠償保障法による査定額を承諾し爾後異議及び訴訟の提起をしないという趣旨を記載した査定額承諾書を提出していることが認められるが、同証人も証言するように、右承諾書は保険金に関する限りの承諾書で、それとは別に民事訴訟により損害の賠償を訴求するについて何の妨げにもならないものと解せられるから、その限りにおいて被告の右抗弁は理由がない。

もつとも、原告らが保険会社から保険給付として金一六六、三〇〇円の支払を受けたことは原告の認めて争わないところ、前顕乙第一号証によれば、そのうちの金一〇〇、〇〇〇円は原告らに対する慰藉料として各原告に金五〇、〇〇〇円宛支払われていることが認められるので、この分だけはさきに判示した被告らが支払義務ある慰藉料額から差引かるべきである。

七、以上のとおりであるから、原告らの本訴請求も、そのうち、各被告に対し夫々、原告山本繁一において休業による損害金九、一八〇円と慰藉料のうち金一〇〇、〇〇〇円との合計金一〇九、一八〇円、原告山本ひでのにおいて慰藉料のうち金一〇〇、〇〇〇円及び右各金員に対する本件事故発生の日の翌日たる昭和三四年五月二八日以降各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であるから、これを認容すべきも、右の金額を超える請求部分は失当としてこれを棄却することとし、(葬儀費用の如き有形的損害賠償請求権と慰藉料の如き無形的損害賠償請求権とは、その基本の不法行為こそ事実関係として同一ではあるが、その請求原因において全く別異の請求であるから、原告の明示の主張のない限り、右両請求権に基く請求金額を此彼流用することは許されない。若し、このようなことができるとすれば、本件の場合、当裁判所は葬儀費用としての原告繁一の請求を棄却しているに拘らず、慰藉料額のうち本訴で請求していない部分金一〇〇、〇〇〇円を右葬儀費用の請求部分に充当した上、同原告の本訴請求を全部認容すべきこととなり、かくては、当裁判所の葬儀費についての判断に対し、同原告の不服申立の途を閉ざず結果を招来することとなるので、同原告において葬儀費についての請求金額の全部若くは一部が認められないときはその請求金額に満つるまで慰藉料の請求をする意思であることが明らかでない限り、その結果の不当であることはいうまでもない。)訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉浦龍二郎)

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